フィレンツェの夜空と天文学者~ガリレオ&コジモ2世

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時代はコジモ2世の代へとちょっと遡ります。1500年、1600年代は科学、医学の分野が大きく発達した時代ですよね。天文学者ガリレオ・ガリレイがピサ出身ということは皆さんも良くご存知だと思います。
ガリレオは、ピサ大学、そしてパドヴァ大学で教鞭を取ります。父親が亡くなった後、残った家族を安月給で支えるなどかなりの苦労をしながらも、物理の分野で様々な成果を得ます。
当時のフィレンツェは、フェルディナンド1世の未亡人クリスティーナ・ディ・ロレーナ(画像下左)と息子コジモ2世(画像下右)の時代でした。フランス王妃カテリーナ・デイ・メディチの孫であり、カテリーナ譲りの自然科学に対する興味を大いに持っていたクリスティーナは、コジモ2世の家庭教師としてガリレオを任命します。

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コジモ2世はトスカーナ大公に即位するとすぐにガリレオをフィレンツェに呼び寄せます。当時、メディチ家の新しい別荘であったポッジョ・インペリアーレのすぐ近くにある、ヴィッラ・ディ・アルチェートリ(ミケランジェロ広場よりもヴェッキオ橋寄りの丘の上です)をガリレオに与え(太っ腹っ!)、「トスカーナ大公付き哲学者」として月々の給料も与え、ガリレオが研究活動に専念できるよう援助します。フィレンツェに移住する少し前に、ガリレオは発見した木星の衛星を"Stellate Mediceae"(メディチの星)と名づけています。
この時期、フィレンツェでガリレオはオランダ製のcanocchiale(望遠鏡)を改良します。ガリレオの数々の発見は、フィレンツェの夜空で天体観測をした成果なんですね。きっと、ガリレオは何か発見があると一番先に、コジモ2世や息子のフェルディナンド2世にそれを見せていたのでしょうね。今もそうですが、夜になると静かなフィレンツェの南側の丘の上で、空気が今よりもさらに綺麗だった当時は、素晴らしい星空を眺めることが出来たんでしょうね。それまで信じられていたように地球が万能の中心ではなく、実は太陽系の小さな惑星の1つでしかないことを知ったのも、メディチ家の人々が最初だったのかもしれません。

さて、ガリレオの生涯のエピソードの中では、ローマ教皇庁との対立が有名ですが、意外とコレにはトスカーナ大公が絡んでいたのでした。

その続きはまた次回・・・

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Commented by カメラ小僧 at 2008-10-12 11:10 x
フィレンツェ小話は大好きです。私の知らないイタリアの話が読めて興味が尽きません。フィレンツェには何度か旅をしていますが、旅行者で通り過ぎるだけの観光では、知り得ない事が多く書かれています。今後も楽しみしています。 有り難う 「フィレンツェ小話」。
Commented at 2008-10-12 18:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by matt-frafra at 2008-10-12 20:49 x
ガリレオが結果的にサンタクローチェ埋葬されたのは18世紀。
宗教と科学のある意味での対立でしょうが、トスカーナ公がそこで果たした役割は? 次回が楽しみ。
ところで、望遠鏡はガリレオの発明ではありません。
Commented by ジョニィー at 2008-10-13 14:50 x
こんにちは。
貴方のブログを拝見しておりますと、大學の西洋史や美術史を学んでいないと理解が難しいように思われます。
写真を拝見しておりますと、日本の美術館では、見る事が出来ない名画
ばかり拝見して大変に驚いております。
私は、只今放送大学に在学しておりますが、確か面接授業で、これらの名画についての講義を受けたはずなんですが、こうやってブログで本物を拝見しておりますと、講義に出ていた事がすべて忘れて見入っております。
こちらではそのような名画とは、10年に1度くらいしか目にすることが出来ない状況にありますので、ぜひこれからも機会ある度にイタリア国内を探訪してレポートをお願い致します。
Commented by MIKA at 2008-10-16 04:01 x
この続き楽しみです!
私が通う学校はローマのフィレンツェ広場にあります。
そう、昔のトスカーナ公国の大使館だった建物。
ガリレオを習ったとき、教授が「宗教裁判で呼び出されたガリレオはトスカーナ公国の大使館に泊りました。そう。みなさんが通っているこの学校です。」って思わず、おおおおおおお、この門をガリレオが通ったのか?????って感動でした。
Commented by lacasamia3 at 2008-10-19 00:02
カメラ小僧さん>私自身も1500年代以降のフィレンツェやメディチ家については余り調べたことがなかったので、こうしてブログに書くようになって興味が沸いて来ました。
Commented by lacasamia3 at 2008-10-19 00:02
鍵コメnさん>ご指摘有難うございます。そうそう、天体望遠鏡については、私も本では「オランダ製の望遠鏡を改良した」と書いてあったのを覚えています。失礼しました。後で訂正しますね。私はべッロ・ズグアルドのヴィッラとアルチェートリのヴィッラを混乱してしまったようです。家賃も自分で払っていたんですね。ガリレオについては私は全く知識がなく、後編もまた何かコメントがあれば書き込みをお願いします♪
Commented by lacasamia3 at 2008-10-19 00:02
matt-frafraさん>ごめんなさいっ!書き間違えです。そうそう、天体望遠鏡は、ガリレオはオランダ製のものを改良したんでした。
Commented by lacasamia3 at 2008-10-19 00:03
ジョニィーさん>いやいや、フィレンツェ小話はあくまでも自己満足のカテゴリーの記事なので軽く読み流してください~。大学の社会人講座やテレビ番組などのお陰で、年齢に関係なく美術史に相当詳しい方も沢山いらっしゃるんですよね。私もいつかイタリア国内を探訪してみたいと思います(何時になるんだろう??)。
Commented by lacasamia3 at 2008-10-19 00:03
MIKAさん>へえ~トスカーナ公国の大使館が学校だったのね。さすが歴史の街ローマだなあ・・・。
by lacasamia3 | 2008-10-12 05:10 | フィレンツェ小話 | Comments(10)

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