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1480年7月28日、サラセン人のガレー船90隻が18000人の兵士をのせてオートラント沖に突然姿を現します。オートラントから上陸し、イタリアを北上してキリスト教の中心であるローマのバチカンを襲撃するのが彼らの目的だったのです。
スペイン兵100人は22000人のオートランド人を残してナポリへと逃げ帰ってしまいます。オートラント人の抵抗は15日間続き、その後、街は完全にサラセン人に支配されてしまいます。
一年後、アラゴン軍(当時南イタリアを支配していたスペイン軍)がオートラントの街を奪回します。アラゴン軍は、サラセン人の海からの大砲攻撃に備えて、オートラントのお城を大改造します。

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↑お城の中に今も沢山残っている大砲の弾です。それぞれは石で出来ていて、約250~300キロ程の重さ。こんなものが沢山飛んできたら、お城を破壊することが可能だというのも十分想像できます。
黒いのがサラセン軍のもの、白いのがオートラント軍(アラゴン軍)のものです。それぞれ地元の石を使っていて色が違うところがなかなか面白いです。


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平面図で見ると海側にニョキッと突き出す部分があります。これは、"punta di diamante"(ダイヤモンドの角)と呼ばれています。この部分は特に固い素材で造られていて、サラセン人の大砲攻撃にもビクともしないそうです。鋭角が海に向かっているので、海側からうった大砲の弾は、お城を破壊せずに左右に落ちてしまうんですね。
何故海側からのみの防御を図ったのかと言うと(これ以降はアントネッロの説ですが・・・)

当時、サラセン人が使用していた"bombarda"(ボンバルダ)という筒の短い大砲はとても重くて、移動することが殆ど不可能だったそうです。船からは大砲を撃つことが出来ても、上陸して陸側に回り込んで大砲を撃つことは出来なかったのでしょうね。だから大砲対策は海側を強化したんだそうです。


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写真左はプンタ・デイ・ディアマンテの上の部分です。
お城の周辺の路地は小さく迷路のようになっていますが、どの道を通っても最終的にはお城前の広場に出るようになっており、そのほかの出口がありません。進入してきた敵を同じ場所に集めて一気に攻撃するという目的もあったようです。


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通常、プーリアのこうした街にはparacarri(パラカッリ)と呼ばれるものが建物と道の間に置かれています。これは、馬車の車輪が建物の角を削らないように防御する役目があるのですが、オートラントでは中世の時代の大砲の弾が使われています(笑)


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ともかく水の透明度は凄いです。海に突き出ているからなのかも知れませんね。
アレ?よく見ると、海水浴をしている人もいます(笑)


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カテドラルが12時から15時までお昼休みなので、その間に軽く食事をすることにしました。
私たちはいつも、観光地に行くと、ちょっと外れた場所に移動して食事処を探します(←アマノジャク・笑)。というわけで今回も、わざと旧市街の壁を出た外側にあったピッツエリーアに入りました。海沿いで涼しい風が気持ちよく、なかなかのロケーションでしたよ。
私が頼んだアンチョビ、モッツァレラ、ケッパーのピザ、最高に美味しかった!アンチョビもケッパーも唸らせる様な美味しさでした。
さて、ご機嫌なランチを済ませたら、次はカテドラルへgo!
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Commented at 2008-08-16 01:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mame at 2008-08-16 12:41 x
砲台から発射させるためとはいえ、よくここまでまん丸に加工できたなー。と変な所に興味が行ってしまいました(^^;
ダイヤモンドの角の力を分散させる知恵。古代の叡智。すばらしいです。
Commented by lacasamia3 at 2008-08-21 00:50
鍵コメnさん>アントネッロも日本でワサビに挑戦しました。それ以来、おすしを食べる時は、「コレがないと~」などと通ぶりながら山盛りのワサビをお醤油に溶かしています。
Commented by lacasamia3 at 2008-08-21 00:51
mameさん>このお城の中で大砲の弾を作ったり、火薬を調合したりもしていたそうなんですよ。私が思うに、大砲の経口を敵の弾と同じにして、弾をリサイクルしていたのでは?と思うのですがどうでしょうね。
by lacasamia3 | 2008-08-15 18:24 | ユキちゃんと海2008 | Comments(4)

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