ピッティ宮殿で海戦~フェルディナンド1世&クリスティーナ

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フランチェスコとビアンカの死後、コジモ1世の三男であり、それまでローマで枢機卿であったフェルディナンド(画像左)は法衣を脱ぎ捨て(画像右・笑)、フェルディナンド1世としてトスカーナ大公に即位します。
思えば、エレオノーラ・ディ・トレドとジョバンニ、ガルツィアの3人がピサでマラリアで亡くなったときに、唯一生き残ったのがフェルディナンドだったのです。60歳まで生きたし、この当時にしては生存力がありますよね~。飾り気がなく、寛大だった兄のフランチェスコとは全く正反対の性格だったようで、独自の狡猾さを発揮し(汗)、外交、内政共に、旨く行っていたそうです。


フェルディナンドは父親であるコジモ1世の代から強いつながりを持っていたスペインーオーストリアの影響力からトスカーナを解放させ、フランスとの交流を再開させます。
私も知らなかったのですが、フェルディナンド1世は、フランス王家にお嫁に行ったカテリーナ・ディ・メディチの孫にあたるクリスティーナ・ディ・ロレーナと結婚したんですね。メディチ本家出身のカテリーナと、分家出身のコジモ1世(フェルディナンドの父)は親戚同士だから、かなり血は近いんですけれどねえ(君たち・・・汗)。

1589年に行われた二人の婚礼の時には、ピッティ宮殿の中庭(きっと入ってすぐの柱がある回廊がある部分だと思います)を使って、水深2メートルの水槽作らせ(!)、計20隻の軍船による海戦のイベントが行われたそうです。私は、スゴイっ!と思い、昨晩アントネッロに「いや~フェルディナンドってさ、凄いイベントをピッティ宮殿で企画したんだよね」と言うと、アントネッロ曰く、「あのね、そんなの、とっくの昔に古代ローマ人がやっていたんだよ、チルコ・マッシモとか、コロッセオでさ・・・。スケールが違うぜ。」と軽く言われてしまいました(出たっアンティーコ・ローマおたく・笑)。

確かに、フェルディナンドはローマでの枢機卿時代、膨大な借金を抱えてしまうほどのローマ、ギリシャ彫刻のコレクターだったんですもんね。知らなかったはずはないです。ということは、フェルディナンド、古代ローマからパクった?(笑)。


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フランスからお嫁に来たクリスティーナは、沢山の宝石のコレクションや、当時フランスで流行っていたドレスをフィレンツェに持ち込みます。

現在、ウフィッツィ美術館の第33室に彼女の肖像画があります。
この肖像画の中で、着ているドレスは袖の部分が取り外し可能になっていて、肩の膨らみの部分と大きなボタンで留められているのが特徴で、これが当時のフィレンツェの宮廷の女性達の流行となったそうです。
ウフィッツィ美術館の第33室には、ビカンカ・カペッロの肖像画もあるんですね。今度行ったら、気をつけてみてみようと思います。


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左の画像もクリスティーナです。
良く見ると、脇には沢山の宝石をちりばめた王冠が描かれています。それまで、こうしたタイトルを持っていなかったメディチ家の歴史の中で、コジモ1世以降、"granduca"(グランドゥーカ=大公)というタイトルがつけられるようになり、代々、大公、そして大公夫人(granduchessa)は即位する時に各々の王冠を作らせます。
「即位式」というと、例えば先代や、司教がそれぞれ前の代から伝わる冠をかぶせるということをイメージしますが、コジモ1世以降のメディチ家のしきたりでは、それぞれが自分の冠とともに埋葬されるというものだったそうです。
だから、肖像画に描かれる冠のデザインは人それぞれなんですよ。
↑のフェルディナンドの肖像の中では2種類の冠が描かれていますが、両方とも持っていたんですかねえ?右側のフィレンツェの百合を赤い珊瑚?でつけた冠はデザインが・・・イマイチ(笑)。


ともかく、フィレンツェにいらしたら、ウフィッツィ美術館の第33室、Cristina di LorenaとBianca Cappelloの肖像画は是非チェックしてみてください!

ううう・・・私も見に行ってみたくなってきました(笑)。

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Commented by matt-frafra at 2008-07-24 23:41 x
33室か。ここってマニエリスムの絵画の部屋かな?
うむぅぅぅ・・・確かにこの絵は見たおぼろげな記憶はあるが・・・
まあ、Chihoさんも気に留めてなかったのだから。
この、ある意味番外歴史シリーズ楽しみにしています。
Commented by ねむりぐま at 2008-07-25 01:40 x
たくさん学ぶことが多いフィレンツェの歴史ですが、冠とともにお墓に...とは想像したことがありませんでした! コジモ一世はよっぽど冠がお気に入りだったのですね~。なんて。
豪華なドレスたち。。 またウフィッツィにも行きたくなりました。
Commented by tonton at 2008-07-25 21:24 x
初めてお邪魔します。
いつもチェックさせていただいているのですが、なかなか・・・ちょっと勇気がなくてコメ入れてませんでした。
一ヶ月ほど前にB&Bについて問合せをさせていただいたものです。
来年の娘とのフィレンツェ行きに向けて、フィレンツェ本を読み漁っています。
そうするとやっぱりメディチ家に興味が湧いて。今、メディチ家がマイブームなんです。
chihoさんのフィレンツェ小話はきれいな画像付きでとってもよくわかります。お陰様でようやく、メディチ家の皆さんの顔と名前が一致してきました・・・?
これからもフィレンツェ小話楽しみにしています!
Commented by MIKA at 2008-07-26 01:20 x
イタリアに居ると、メディチは避けられないですよね。私もこの辺り勉強したくて学校に通いだしたら、もうこの年代は終わっていたので、 chihoさんの歴史ネタ楽しみにしているんです。いつも。
Commented by lacasamia3 at 2008-07-28 21:33
matt-frafraさん>意外でしょ、33室って結構後ろの方だから、いつも軽く流してしまう(笑)辺りなのですが、意外な作品があったのでした。今度、フィレンツェにいらっしゃる時は是非ご連絡下さい。ウフィッツィご一緒したいですね。
Commented by lacasamia3 at 2008-07-28 21:33
ねむりぐまさん>この当時のドレスって、宝石を縫い付けたりした豪華なものが多いんですよね。このドレスはやはりフランス風なのかな?
Commented by lacasamia3 at 2008-07-28 21:33
tontonさん>いつもブログを見てくださって有難うございます。メディチ話は、何だかロレンツォ豪華王の時代よりも、後半に熱が入ってきてしまいましたが(笑)、まだまだ続きます。
Commented by lacasamia3 at 2008-07-28 21:33
MIKAさん>ローマはまたローマで調べると面白い話が沢山あるんだろうなあって思います。この辺りはエピソードが沢山あって、なかなか前に進めないのですが(笑)、次回はフェルディナンドです。
Commented by matt-frafra at 2008-07-30 14:20 x
33室だと思うのですが、フォンテンブロー派の絵があって、それは結構ゆっくり見ました。じつはルーブルにある「ガブリエラ・デストレとその妹」という絵と似たモチーフで、ルーブルのは姉妹のどちらかが、相手の乳首をつまんでいるという不思議な絵なのですが、ウフィッチのは指先をつまんでいる ということで、ついでに部屋の中をぐるっと見渡したのですねえ。
フィレンツェは次はいつになるのやら。しかし、次回は1週間は滞在したい。
by lacasamia3 | 2008-07-24 17:38 | フィレンツェ小話 | Comments(9)

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