フィレンツェ田舎生活便り2

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フィレンツェで山暮らしをするchihoの田舎便りです。フィレンツェの街歩き情報、イタリア風家庭菜園、お勧めレストラン現地情報、日帰りで行ける街の情報など。フィレンツェの滞在型アパートの紹介サイト「ラ・カーサ・ミーア」を運営しています。

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コンクールから始まったフィレンツェのルネサンス~国立バルジェッロ博物館

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フィレンツェは「ルネサンスの都」と言われていますが、「ルネサンス(またはルネッサンス)って何だろう?いつから始まったのだろう?」とふと考えてみました。いやいや、難しい話は専門家の方に任せて、ココでは私なりにルネッサンスの始まりについて書いてみます。一般に使われているルネサンス、"Renaissance"という言葉はフランス語で、イタリア語では"Rinascimento"(リナッシメント)と呼ばれます。re(再び)+nascere(生まれる)という2つの言葉が合わさり、「再生」を意味します。
1300年代にダンテ、ペトラルカにより始まったローマ時代の古典文学の理解、再考がイタリアルネサンスの始まりと言われていますが、フィレンツェにおけるルネサンスの始まりとしての大きなイベントは、1401年の洗礼堂の扉のコンクールです。
フィレンツェでは1348年にペストが大流行し、その後も何度もこの疫病に苦しみました。フィレンツェ政府は、1348年のペスト大流行を乗り越えられたことへの感謝と、その後の厄除けのため、当時最も古かったフィレンツェの洗礼堂のブロンズ扉2枚を奉納することを決め、扉を制作させる彫刻家を公募します。旧約聖書の「イサクの犠牲」を題材にし、7人の彫刻家が参加したと言われています。そして、最終選考に残ったのが、ギベルティーとブルネッレスキの二人の彫刻家です。
そして、ご存知の通り、ギベルティーが優勝し、ブルネッレスキはローマへと旅立ち、その後1418年のドゥオーモのクーポラのプロジェクトのコンペで今度はブルネッレスキが優勝するのです。


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これは、1330年に制作されたアンドレア・ピサーノのパネル「洗礼者ヨハネの生涯」(現在も洗礼堂の南側の扉についています)


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1401年ギベルティー作「イサクの犠牲」(国立バルジェッロ博物館蔵)
コンクールの優勝作品です。

素晴らしいイサクの体の表現を見ると、ギベルティーが当時、ローマ時代の彫刻を目にしていたことが明らかです。岩で画面を2つに区切り、動きを出しながらも、保たれたバランスが完璧です。
ギベルティーのこのパネルの70年前に制作された上のアンドレア・ピサーノのパネルと比較すると、ペスト流行後、1350年以降から既に、ローマ美術の研究が進んでいたこと、ギベルティーをはじめ、1400年代初頭の彫刻家達がローマ彫刻を目にしていたことが想像できます。

ギベルティーは、この後、聖書のエピソードを描いた扉を引き続き制作し続けます。東側の扉、ギベルティー作の"Porta del paradiso" 「天国の扉」のオリジナルは、現在、ドゥオーモ博物館に収められています。


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1401年ブルネッレスキ作「イサクの犠牲」(国立バルジェッロ博物館蔵)
(フリー画像では、こんなブレたモノしか見つからなかったのですが、本物は素晴らしいです)

アブラハムはイサクの首に既にナイフを当てていて、天使はその手を掴むというギリギリの1瞬が表現されています。頭を掻く羊や、トゲを抜く少年などは現存したローマ彫刻より採用されたと言われています。
与えられた枠の中に納まらず、下の人物は、枠の外側にはみ出ています(笑)。学生時代、私はブルネッレスキのこのパネルが優勝するべきだったと思っていました。構図のバランスや、優雅な人体表現よりも、ブルネッレスキは、このドラマチックなテーマの一瞬を表現することを優先させたのではと思うのです。目に見えるものよりも、更に奥にあるものを表現しようとしたのではと思わせる作品です。

今、改めて再度この2枚のパネルを見比べてみると、ギベルティーの優雅な表現もまた良いなあと思ったりします。
国立バルジェッロ美術館の2階、1400年代の彫刻が並ぶ部屋の奥に、この2枚のパネルが並んでいます。

イタリアルネサンスの始まりを飾るこの2枚のパネルを、自分なりに見比べるのも楽しいですよ。国立バルジェッロ美術館には、ドナテッロやミケランジェロなどの彫刻の傑作が展示されています。オススメの美術館ですよ。

追伸: 「フィレンツェの美術館、教会の開館時間早見表」をアップしました。


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Commented by まりさ at 2008-02-26 02:55 x
Chiho さん、こんにちは!
ここのところのお話にはとても心をうたれています。 実は私も西洋美術史専攻でした。 とくに、Renaissanceは好きでエッセイを書くのが楽しかったのを覚えています。 Chihoさんのおかげで私の学生時代の”ときめき”がよみがえってきました! 久しぶりに大学時代のTextbookを開いてみます。
じゃ、また!
Commented by 中国語アドバイザー愛沙 at 2008-02-26 08:03 x
おはようございます。

ドラマチックなテーマの一瞬を表現する!素敵な言葉ですね。
ルネサンスという言葉は、中学校の世界史で登場して、その響きが深みのある芸術的な感じがたのを今でも憶えております。

愛沙の「実践現代中国語単語集」
「毒殺餃子」中国よりも怖い!食品薬物汚染輸出国!
こちらにもお越しください!
Commented by bianca at 2008-02-26 10:55 x
chihoさん、こんにちは。
ルネッサンス、高校の教科書で初めて覚えた言葉でした。その時は「文芸復興」という言葉を一生懸命に覚えて頭に詰め込んでいました。
初めて憧れの地、フィレンツェを訪れる前にガイドブックや旅エッセイで予備知識を得て(イタリアの旅関係の本を隅から隅まで読むの、好きなのです(笑)この「天国の扉」の前で目に焼き付けようとしていました。
でも、目に焼き付けたいものが多すぎて!今日はchihoさんの説明を拝見しながら、ゆっくりと堪能させて頂きました♪どうもありがとうございます。
これからも素敵なフィレンツェを宜しくお願い致します♪
Commented by じゅんべ at 2008-02-26 19:25 x
chihoさん、こんにちは。
フィレンツェの歴史散歩ができて楽しいシリーズですね。
chihoさんは、ガイドの資格をお持ちなんですか?chihoさんの解説付きでフィレンツェを巡れたらとても興味深い経験が出来そうです。
Commented by ガブリエラ at 2008-02-27 02:15 x
chihoさん、こんにちは
つくづくながめさせていただきました、私はブルネッレスキの構図のほうがなっとくいきます。愛する息子を対面では刺せないだろうということで。それに画面からはみでるようなドラマチックがつたわりますね、どちらもすごいですが。いつも聖書のここのところで思うのです、イサクの心情を。イサクはアブラハムにまけずおとらず信仰があったってことなのだろうか?その後親に不信はなかったのだろうか?とかね。
Commented by chiho at 2008-02-27 20:00 x
まりささん>こんにちは。判ります!私も学生時代は、卒業後の自分の進む道と、現実味離れした西洋美術に対する興味の間でかなり揺れていましたが、今は少し余裕が出来て、また本を開いてみる気持ちになりました。
Commented by chiho at 2008-02-27 20:02 x
愛沙さん>ルネサンスがいつから始まったかなんていうはっきりとした定義はないようですが、それでも1401年のコンクールはそれまで少しずつ始まっていた「何か」を形にしてくれたイベントだと思います。
Commented by chiho at 2008-02-27 20:05 x
biancaさん>私も実際に旅行に行くと、歴史の本を開いてゆっくりと解説を読む余裕がなくなります。出発前にこうして目的地の色々な歴史について想いをはせるのも楽しいですよね。
Commented by chiho at 2008-02-27 20:07 x
じゅんべさん>いえいえ、私はガイドのライセンスはとっていないんですよ。とても難解な試験のようです。私の場合、人ごみを歩くのが苦手なのでガイドには向いていないようです(笑)。
Commented by chiho at 2008-02-27 20:10 x
ガブリエラさん>おお~、なかなか鋭い解釈ですね。ギベルティーがその後作った扉パネルもとてもすばらしいですが(現在はオリジナルがドゥオーモ博物館に保存されています)、もし、ブルネッレスキが優勝していたらどんなパネルを作っただろう?と思います。そしたらギベルティーがドゥオーモのクーポラを設計したのかな?
Commented at 2008-02-29 17:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by lacasamia3 | 2008-02-25 20:58 | フィレンツェお薦め処 | Comments(11)