フィレンツェ田舎生活便り2

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フィレンツェで山暮らしをするchihoの田舎便りです。フィレンツェの街歩き情報、イタリア風家庭菜園、お勧めレストラン現地情報、日帰りで行ける街の情報など。フィレンツェの滞在型アパートの紹介サイト「ラ・カーサ・ミーア」を運営しています。

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フィレンツェの夏の夜空と巨匠の競作~サンロレンツォ聖堂

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メディチ家によるサンロレンツォ聖堂の増築プロジェクトは、1418年にフィリッポ・ブルネッレスキへ委託され、1421年には図面が出来上がったそうです。聖堂内の旧聖具室が1429年に完成し、1446年のブルネッレスキの死後も、身廊、新聖具室、ラウレンツィアーナ図書館、君主の礼拝堂へと工事は続きます。
1860年の天井の改装にも関わらず、ルネサンスの巨匠ブルネッレスキのオリジナルの建築空間が明確に残る美しい聖堂です。白い漆喰の部分と、グレーのピエトラセレーナと呼ばれるフィレンツェ原産の自然石がリズム良く組み合わせられていて、連なる柱と側廊の丸い天井が一体化しています。この聖堂に足を踏み入れると、そんな建築のリズムを感じます。
メディチ家の聖堂にふさわしく、デジデーリオ・ダ・セッティニャーノ作の浮き彫り祭壇や、晩年のドナテッロ作の説教壇、ブロンズィーノ作のフレスコ画、フィリッポリッピ作の受胎告知図など、傑作が揃っています。
今回は、「メディチ家のお墓」として観察してみたいので、祭壇に向かって左側の旧聖具室に向かいましょう。


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旧聖具室は、ブルネッレスキにより1429年に完成されます。そして同時期かその直後に、同じくルネサンスの彫刻家ドナテッロにより各所に配置された円形のレリーフや、祭壇左右の4人の聖人を表す2パネル(写真左 「聖ステーファノと聖ロレンツォ」)が制作されます。


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真ん中にある大理石のテーブルの下には、メディチ家の創始者ジョヴァンニ・ディ・ビッチと妻ピッカルダ・ブエーリが埋葬されています。テーブルの下というのは、果たしてベストな場所なのでしょうか(笑)??疑問に思ってしまうのはきっと現代人の価値観で見ているからなのでしょうね。中世人の眼で見なくては・・・。


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一方、2代目当主コジモ・イル・ヴェッキオは、旧聖具室ではなく、聖堂の身廊奥、主祭壇の手前の床の丸い大理石部分に埋葬されています。


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さて、旧聖具室内に戻り、左側には、3代目当主ピエロ・ディ・メディチ(写真右 )と弟のジョヴァンニの棺があります。ヴェロッキオ作の優雅な美しいお棺です。


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このお棺は意外なところで登場します。↑は、レオナルド・ダ・ヴィンチ作の「受胎告知」(フィレンツェ、ウフィッツィ美術館蔵)。


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聖母マリアの前に置かれたテーブルの足元を見ると、どこかで見たような装飾が・・・。ヴェロッキオのお棺は確実に見ていたであろうレオナルド。そのまま真似するのではなく(それはプライドが許さなかったんでしょうね)、ちょっと変えてはいますが、きっとスケッチをしていたのでしょうね。


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ちょっと長くなりましたが、もう一つだけ・・・
旧聖具室の奥の小さな祭壇の上は、丸いドーム上になっていて、星の夜空が描かれています。
近年の研究で、星の配置により、実はこの夜空は、1442年7月4日のフィレンツェの夜空を描いたということが判ったそうです。アラゴン家に王位を奪われナポリを追われ、フランスに戻る途中であったアンジュー公ルネ・ダンジューのフィレンツェ訪問の日を記念したものと言われています。
当時、コジモ・イル・ヴェッキオ(53歳)、ピエロ・ディ・メディチ(26歳)、 ロレンツォ豪華王(この7年後に誕生)。当時の人たちは、この7月の夜空をどんな気持ちで見上げていたんでしょうね。

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Commented by fiorentino at 2009-09-28 22:16 x
イタリアの建築物で夜空が描かれてるのは初めて見ました。
とても素敵ですね。珍しいのでしょうか・・?
ダ・ヴィンチの『受胎告知』は実際に見に行きました(^^)
なんだか自分が見たものに再びどこかで出会うとうれしいものですね~。
chihoさんのブログでいろいろ勉強してから行くと、もっと興味深かったでしょうね☆
Commented by villagecafe at 2009-09-29 02:11
今回の記事を見て書き込みをせずにはいられませんでした!
実は今年の5月に初めてフィレンツェにいる友達を訪ねていきました(彼女の住んでいるところは偶然にもサンロレンツォの目と鼻の先でした)。
そして私は大のルネサンス絵画のファンなので、当然のごとくウフィツィ美術館へ。
3時間かけてじっくりと一つ一つ絵を見て歩いたのですが、釘付けになって絵の前から離れられなかったのが、ボッティチェリ作の”受胎告知”でした。そして、このダヴィンチの受胎告知も同様に大変印象に残っています。それ以来、他の作者による”受胎告知”の絵を見に探してみましたが、ボッティチェリが一番でした(今のところ)!本当に素晴らしいですよね。
写真を見て、あの時の感動が蘇ってきました。
Commented at 2009-09-29 04:18 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by pino-ombra at 2009-09-30 12:28
メディチ家の礼拝堂って、確か全部が大理石モザイク細工でできた
部屋があるところでしたっけ?
初めてフィレンツェに行ったときに見て、度肝を抜かれた記憶があります(笑)。
Commented by yumi at 2009-09-30 16:20 x
いつも楽しく拝見させて頂いております。
素敵ですね!私も一度訪れたことがあり、つい懐かしくコメントしてしまいました。。
記事に関係ない内容で申し訳ないのですが、chihoさんに一点ほどお聞きしたいことが御座います。私もフィレンツェでの子育てを考えているのですが、フィレンツェには日本人やハーフの子どものための幼児教育施設はあるのでしょうか?以前に無認可のものがあると小耳に挟んだことがあるのですが・・・・。
突然の質問ですみません。ユキちゃんの成長日記も楽しみにしております^^
Commented by stessa2 at 2009-09-30 19:08
chihoさんこんにちは、
いつも興味深いメディチ家のお話、楽しませて貰っています。
特に今回の1442年、フィレンツェの夏の夜空はとても感銘を受けました。
そうですよね、当時のメディチの人達はどんな事を思いながらこの夜空を眺めたのか・・
それを想像するだけでも心がワクワクしてきます。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:23
fiorentinoさん>夜空の光景を描いたフレスコ画って珍しいですよね。近年の修復でサンタクローチェのパッツィ礼拝堂にも同じ夜空を描いたフレスコ画があることが判ったんですよ。当時のフィレンツェ人にとってこの日の夜空は特別だったんでしょうね。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:25
villagecafeさん>私も「受胎告知」は好きな題材の1つです。ご覧になったかもしれませんが、サンマルコ修道院の2階にフラアンジェリコ作の素晴らしい受胎告知があります。いつもその前で足を止めてじっと見とれてしまう作品です。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:28
鍵コメnさん>いつもブログを見てくださって有難うございます。そして、成功を祈っています。大丈夫!きっと上手く行きますよ。是非「ごほうび旅行」でフィレンツェにいらっしゃる時には連絡してくださいね。頑張って!!遠いフィレンツェの空の下から応援しています。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:29
pino-ombraさん>そうそう、そこです。今、壁に貼り付けてあった大理石パネルが落下しそうなので(汗)、大規模な修復工事が行われています。文化財の保存も結構大変ですね。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:32
鍵コメyさん>こんにちは。そうですね、私は郊外に住んでいるので行ったことがないのですが、土曜日だけなのですが週に1度だけの日本人学校がありますよ。沢山のハーフや日本人の子供が通っていて、イベントも結構盛りだくさんのようです。
Commented by lacasamia3 at 2009-10-01 03:33
stessa2さん>当時、メディチ家がヨーロッパ中に影響力を持ち、フィレンツェがとても華やかであった時代です。どんな夏の夜だったんでしょうね。
by lacasamia3 | 2009-09-28 18:16 | フィレンツェお薦め処 | Comments(12)